旅行日記


by dance_littlerock
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国東半島 祖父の故郷を訪ねて

春の足音が聞こえ始めた2005年の3月中旬、叔母夫婦と共に、九州は福岡と国東半島(大分)へ行ってきました。この旅は、私たちにとって、とても大きな意味がありました。それは、亡き祖父が幼少時代を過ごした土地を探し、そこに住んでいるであろう私たち以外の祖父の子孫に会うこと。私たちは、血の繋がった遠い親戚に出会えたのでしょうか・・・

 そもそもこんな旅をする事になったのは、昨年の秋、叔母(祖父の娘)宅から、祖父の戸籍謄本が、ふと出てきました。「大分県の国東半島・・・ここがおじいちゃんの故郷かぁ」。祖父が亡くなり、今年が13回忌。「わしの故郷へいっぺん行ってみい。」そんな声が何処からか聞こえた気がして、古ぼけた戸籍謄本の住所だけを頼りに、尋ねる事にしました。祖父は、国東半島で生まれ育ち、わずか7歳で養子に出され、大阪へ。「おじいちゃんが育ったところ見てみたいわ~」そんな思いが実現しました。

 私たちはまず福岡へ行きました。立ち寄る目的?!そりゃあもちろん、中洲の屋台でラーメンを食べること!私たちは3人ぎゅうぎゅう詰めに屋台の狭い椅子に座わらされ、本場の豚骨ラーメンを頂きました。味の方は、うーんイマイチ・・だったんだけど、雰囲気重視の私はご満悦(^-^)で楽しい福岡の夜を過ごしました。

 さて、翌日レンタカーを借りて、国東半島へいざ出陣!
途中、叔父の希望により、国宝の宇佐神宮と富貴寺へ、立ち寄りました。叔父は、日本の国宝に指定されているお寺や神社を巡っています。日本全国を周り、全部制覇する途中にふたつの国宝にめぐり合うなんて!これも祖父のお陰なのか、そんな事いいながら、ようやく車は、国東半島に入りました。

 国東半島と聞いても、九州の人でない限り、ピンと来ないですよね。すっごい田舎で山だらけ大自然の半島でした。祖父の故郷は、半島の真ん中辺りにあるとの事。車はぐんぐん山の中へ、気がつけば、ナビも真っ白になり、道なき道を走っていました。「こんな調査、ナイトスクープの優秀な探偵でも難しいで」なーんて思いながら、山の中を走り続け、ようやく見つけた民家。叔父が戸籍謄本を片手に尋ねようとするが、人っこ一人見当たらない。また山奥へ車を走らせ、10数分。『第一村人発見!!』 そのお婆さんに、祖父の子孫である人の名前を告げると、「そりゃあの山の向こうじゃ」との答え。ワクワクしながら、言われたとおりに山を越えたとき、一軒の民家がありました。

 そこで私たちは、息をのみました。表札に祖父の苗字が!珍しい苗字なので絶対間違いありません。「このドアから出てくる人は、祖父にそっくりなおじいさんか、はたまた私にそっくりな娘さんか!」なんて期待しながら、チャイムを押しました。が、しかし・・・残念ながら、私たちの遠い親戚は、不在でした。その家の裏側へお邪魔させていただくと(不法侵入?!)、立派なお墓がありました。よく見ると、祖父の両親の名前が彫ってありました。お墓って、普通は怖いのに、なんでだろう?すごく安心した気分になりました。「ひーじいちゃん、ひーばあちゃん、大阪から来ました曾孫のエミです。」ちょっと泣きそうになる感動の気持ちを抑え、持っていた飴ちゃんをお供えしました。
 家の小高い裏山を登ると、昔ながらの古い民家がひとつポツンとありました。もう何十年も人が住んでいないような廃墟のようでしたが、もしかすると祖父が7歳までここで暮らしていたのかもしれません。祖父が着物を着て、走り回ってる様子を想像しながら、ちょっと一人でにやけて、写真を撮りました。

 こんな風に私たちの旅は、終わりました。遠い親戚には会えなかったけど、訪れた証しの写真を同封し手紙を書くつもりです。お墓に置いてある飴ちゃんを不思議がってるかもしれないので、早く書かないと。
 そして、今回は天国のおじいちゃんに、出会えるような心温まる旅でした。お彼岸の前ということもあり、充実した意義ある旅となりました。そして、私たちは、たくさんの先祖のお陰で命をもらって、今生きているというのを実感した旅でもありました。
 よし!明日からも頑張ろう~! 
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by dance_littlerock | 2005-04-28 00:02 | 私日記