旅行日記


by dance_littlerock
カレンダー
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

<   2005年 04月 ( 8 )   > この月の画像一覧

春の足音が聞こえ始めた2005年の3月中旬、叔母夫婦と共に、九州は福岡と国東半島(大分)へ行ってきました。この旅は、私たちにとって、とても大きな意味がありました。それは、亡き祖父が幼少時代を過ごした土地を探し、そこに住んでいるであろう私たち以外の祖父の子孫に会うこと。私たちは、血の繋がった遠い親戚に出会えたのでしょうか・・・

 そもそもこんな旅をする事になったのは、昨年の秋、叔母(祖父の娘)宅から、祖父の戸籍謄本が、ふと出てきました。「大分県の国東半島・・・ここがおじいちゃんの故郷かぁ」。祖父が亡くなり、今年が13回忌。「わしの故郷へいっぺん行ってみい。」そんな声が何処からか聞こえた気がして、古ぼけた戸籍謄本の住所だけを頼りに、尋ねる事にしました。祖父は、国東半島で生まれ育ち、わずか7歳で養子に出され、大阪へ。「おじいちゃんが育ったところ見てみたいわ~」そんな思いが実現しました。

 私たちはまず福岡へ行きました。立ち寄る目的?!そりゃあもちろん、中洲の屋台でラーメンを食べること!私たちは3人ぎゅうぎゅう詰めに屋台の狭い椅子に座わらされ、本場の豚骨ラーメンを頂きました。味の方は、うーんイマイチ・・だったんだけど、雰囲気重視の私はご満悦(^-^)で楽しい福岡の夜を過ごしました。

 さて、翌日レンタカーを借りて、国東半島へいざ出陣!
途中、叔父の希望により、国宝の宇佐神宮と富貴寺へ、立ち寄りました。叔父は、日本の国宝に指定されているお寺や神社を巡っています。日本全国を周り、全部制覇する途中にふたつの国宝にめぐり合うなんて!これも祖父のお陰なのか、そんな事いいながら、ようやく車は、国東半島に入りました。

 国東半島と聞いても、九州の人でない限り、ピンと来ないですよね。すっごい田舎で山だらけ大自然の半島でした。祖父の故郷は、半島の真ん中辺りにあるとの事。車はぐんぐん山の中へ、気がつけば、ナビも真っ白になり、道なき道を走っていました。「こんな調査、ナイトスクープの優秀な探偵でも難しいで」なーんて思いながら、山の中を走り続け、ようやく見つけた民家。叔父が戸籍謄本を片手に尋ねようとするが、人っこ一人見当たらない。また山奥へ車を走らせ、10数分。『第一村人発見!!』 そのお婆さんに、祖父の子孫である人の名前を告げると、「そりゃあの山の向こうじゃ」との答え。ワクワクしながら、言われたとおりに山を越えたとき、一軒の民家がありました。

 そこで私たちは、息をのみました。表札に祖父の苗字が!珍しい苗字なので絶対間違いありません。「このドアから出てくる人は、祖父にそっくりなおじいさんか、はたまた私にそっくりな娘さんか!」なんて期待しながら、チャイムを押しました。が、しかし・・・残念ながら、私たちの遠い親戚は、不在でした。その家の裏側へお邪魔させていただくと(不法侵入?!)、立派なお墓がありました。よく見ると、祖父の両親の名前が彫ってありました。お墓って、普通は怖いのに、なんでだろう?すごく安心した気分になりました。「ひーじいちゃん、ひーばあちゃん、大阪から来ました曾孫のエミです。」ちょっと泣きそうになる感動の気持ちを抑え、持っていた飴ちゃんをお供えしました。
 家の小高い裏山を登ると、昔ながらの古い民家がひとつポツンとありました。もう何十年も人が住んでいないような廃墟のようでしたが、もしかすると祖父が7歳までここで暮らしていたのかもしれません。祖父が着物を着て、走り回ってる様子を想像しながら、ちょっと一人でにやけて、写真を撮りました。

 こんな風に私たちの旅は、終わりました。遠い親戚には会えなかったけど、訪れた証しの写真を同封し手紙を書くつもりです。お墓に置いてある飴ちゃんを不思議がってるかもしれないので、早く書かないと。
 そして、今回は天国のおじいちゃんに、出会えるような心温まる旅でした。お彼岸の前ということもあり、充実した意義ある旅となりました。そして、私たちは、たくさんの先祖のお陰で命をもらって、今生きているというのを実感した旅でもありました。
 よし!明日からも頑張ろう~! 
[PR]
by dance_littlerock | 2005-04-28 00:02 | 私日記

ニーハオ!台北

 2003年1月1日、新年を迎え、新たな気持ちになったところで、台湾へ行ってきました。同行者は、短大時代の通学仲間・M子。彼女との海外旅行は、オーストラリア('96)についで2回目です。彼女と旅をすると、決まって面白い出来事が起きる・・・そんな私たちの迷信(?)を今回も期待しながら、台湾へと向かいました。

 1/1(水)
 台北中正国際空港は、、とっても殺風景でなんとなく怖い印象を受けました。HISの現地の添乗員は、うさんくさい容姿で両替のお金もスーパーのビニール袋に入っていました。M子と共に不安を募らせながら、バスに乗りこみ途中DFS(免税店)の寄らされながらも、早速無駄遣いすることもなく、エンペラーホテルに到着。これまた殺風景な中の下レベルのホテルだったけど、日中は外出するし、まっいっか。てなわけで、数十分後、NZ時代のホームステイメイトYiMeiがお迎えに来てくれました。台北出身の彼女は、中学時代からNZに留学し、高校では日本語も学び、中国語・英語・日本語を操るトリリンガル!

 そんな最強のガイドに案内してもらい、士林夜市へ行きました。夜市とは日本で言う縁日のようなもので、夜になると小さな屋台がびっしりと並び、昼間よりも沢山の人でごった返します。屋台は、食べ物屋さんから雑貨屋さん・デザート・お土産物など、なんだってある。どこか懐かしい気分を味わいながら、賑やかな夜の台北を楽しみました。

 ちなみに私たちが食べたものは、コラーゲンたっぷりのなまずの仙草スープや、牡蠣のオムレツなど。どれもこれも超美味しくって、初日から台湾の味にはまってしまいました。

 1/2(木)
 寝過ごす。せっかくのホテルの朝食は食べれず、新光三越の地下でヌードルを食べる。薄味でまずい。台湾の美味しい料理は、夜市にあり!と、この時、察する。今日は、ガイドのYiMeiはいない。地球の歩き方を片手になんとか故宮博物院を目指す!途中のバスでは、日本語のできる年配のおばあさんに助けられ(謝々)、ようやく故宮博物院に到着!この日は、最高にいいお天気、そして、この博物院はお見事な外装!感動したところで写真をパチリ☆

d0020358_16494250.jpg


 地球の歩き方に載ってた効率のよい回り方をして、内部を鑑賞する。私たちが最も見たかったのは、『翠玉白菜』(白菜の形をした翡翠) 出会えた時は、M子と声を出して喜び合った。その白菜にはキリギリスが乗っている。こんな見事な翡翠があるなんて!なんでも白菜は清廉潔白の象徴で、キリギリスは子孫繁栄の象徴らしい。私もそう遠くない将来に子供に恵まれることを祈って、その場を後にしたのでした。

 街に戻ってきて観光していると、面白い名前のお店を発見!その名も「台北牛乳大王」これは入るしかない、と言って、ミルクベースのパパイヤジュースを飲んだ。これがまた美味しい!台湾では、食べ物以外にも飲み物にもかなりはまってしまった。

 その後、CHANELに行きました。M子がカモシカを見つけたチーターのように窓越しに狙いをさだめ、超高級のCHANELの鞄を10秒で買った。「前から欲しかってん。」と言いながらも、その男前な買いっぷりに驚いてしまった(^-^;)ステキ☆
 
 1/3(金)
 今日は寝過ごすことなく起きた。昨日食べ損ねたホテルの朝食をいただく。味噌汁はまるで砂糖が入ってるかのように甘かった・・・。今日も寝過ごして良かったかも。

 今日は、またYiMeiにガイドをしてもらい、中正紀念堂に行った。蒋介石の博物館にも行った。彼の子孫はもういないらしいが、奥さんは90歳以上になった今もアメリカで元気に暮らしているとの事。台湾の複雑な歴史や、まだ終わっていない中国との抗争について、考えさせられる博物館だった。

 お昼になった。いよいよ今日は、「県泰豊」へショーロンポウを食べに行く!それは、NY TIMES紙が選ぶ世界10大美味しいものの一つに選ばれたほどの絶品。これを食べなきゃ台北に行った意味がないということで、人気店のためYiMeiに前日予約をしてもらい、長蛇の列に加わることなく、入店した。

 お味は、そうりゃあもう、口の中でとろける肉汁。なめらかな舌触り。コクと深みのある本格派のお味。美味しんぼじゃないから、うまく表現できないので、写真を見て、想像して下さい(笑)

d0020358_1650368.jpg


 お腹いっぱいになったところで、お買い物をしつつ、バスを乗り継ぎ、公館夜市に向かった。まだ夜ご飯には早いということで、近くにある台湾大学へお邪魔する。台湾大学は、台湾屈指の国立大学で、学力は東大以上、ハーバード・オックスフォードレベルとのこと。わお。正門から続く長い道の左右には、南国特有の木が植えられ、まるでカリフォルニアへ来たような気分になった。校庭では、若者たちがバスケットボールをしている。とっても素敵な雰囲気。「いつかココに留学したいなー。」

 夜になり、夜市で食事。最後の夜とあって、財布の紐もゆるみ、YiMeiとおそろいの指輪と、M子とおそろいのピアスを買った。YiMeiとは今日でお別れ。また、台湾か日本はNZで再会しようね、と言ってバイバイした。彼女は、とっても明るく賢く素敵な女の子。案内してくれて非常謝謝!再見!

 1/4(土)
 早起きして、GUCCIへ行った。M子に負けずと、財布を買う。こんな高い財布初めて手にした!やったー!(2年後、その財布は、京都のゲーセンで掏られてしまう・・・)GUCCI前で、髪を金髪に染めたぜんじろうとすれ違う。

 帰りの飛行機は、わすが1時間半と短かったけど、とても揺れてM子と手を握り合いました。関空につくと一面の雪景色。雪雲のせいで揺れたんだなー。

 そんなこんなで、私たちの台北旅行は、無事に終わりました。台湾は、近いから行きやすいし、人々も親日家で、食べ物も美味しく、暖かく(夏は激暑だろうけど)、本当に大好きな国になりました。また、行ってみたい国の一つです。
[PR]
by dance_littlerock | 2005-04-20 14:29 | 台湾・中国

夢のエアーズロックへ

 某都市銀行への就職が決まり、いよいよ来月から社会人になる目前、オーストラリアへ卒業旅行に行ってきました。オーストラリア行きは、昨年9月('96)に次いで2回目、その時エアーズロックに足を踏み入れる事なく帰ってきたことを後悔し、半年後その夢を叶えるべく、海外旅行は初めてという高校時代の親友・Y恵を旅のお供に、南半球行きの飛行機に乗り込むのでした。

 1997年3月6日(木)
 夜、関空を出発した半年ぶりのカンタス航空。フライトアテンダントは、一般的な綺麗なスッチーではなく、髭を生やしたおやじばかりで、愛想もすごく悪い。さらに、私たちの席は、トイレの前で、窓は非常出口になっている。何か起きた時は、すぐ逃げ出せるけど、開きそうで怖い!さらにさらに、私は、ロンドンとパリへの卒業旅行から帰国3日目で、またこの卒業旅行へ乗り込んだ。その疲れからか、ちょっと風邪っぽい、しんどい、鼻水が出る。「大丈夫かな」そんな不安を抱えつつ、窓の外に顔を出し始めたお日様にお祈りをした。

  3月7日(金)
 メルボルンは、緑がたくさんあって綺麗な街、宿泊地のQueensberry Hill YHAも今まで泊まったYHAの中で一番綺麗だった。でもここは、灼熱のような暑さ。熱があるのか、身体がふらふらするが、市場に行き、緑色のグレープを買って食べる。これがかなり美味しい。種無しだし食べやすく、風邪気味を忘れるかのように、いっぱい食べた。夜は、オージービーフを焼いて食べた。硬いが美味しい。どうやら、食欲はあるようだ、良かった。

 3月8日(土)
 昨日よりかなり涼しい。どうやら昨日は異常だったようだ。メルボルンの街中を歩いた。綺麗だけど、特に目を引くものはない。住むには良い街だろうけど、観光には不向きな所なのかもしれない。

 3月9日(日)
 早朝に起床し、タクシーに乗りこむ。あ~眠たい。ラジオからカーディガンズのLOVEFOOLが軽快♪に流れている。Airportに着き、アデレードを経由し、アリススプリングスへの今日2回目の飛行機に乗る。窓側に座った私たちは、想像を絶する素晴らしい景色を目にした。オーストラリア大陸のそりゃあもう広大な大地が、果てしない先まで続いている。ぐねぐねと川が流れ、赤土の大地にギラギラとした太陽が照りつけ、憎たらしいくらい眩しい!こんな素晴らしい景色を目にし、なぜだか急に身体が軽くなり、風邪が一気に吹き飛んだ!

 興奮さめやらぬ間に飛行機は着陸し、ロッジへ向かう。ここは、日差しが強く、さらにすごくハエが多い!奴らは一切遠慮することなく、顔や身体に止まってくる。ギャー!私たち繊細な日本の女の子は、そんな事に我慢できるわけなく、早速、ハエよけの帽子を買う。迷彩柄で顔の部分が網になっている変な帽子、こんなの日本じゃかぶる事は出来ないので、嬉しそうに写真を撮りまくった。ココは本当に灼熱で、10分も外を歩こうもんなら、倒れそうになる。360度草原が見える景色の向こ~の方に、小さくエアーズロックが見える。感動☆

 それにしてもやっぱり暑い。シャワーは水だった。こんな内陸、どうやって水が出てくるんだろう?水って本当にありがたいな。

 3月10日(月)
d0020358_20195995.jpg 朝4:30に起きて、エアーズロックのSUN RISEを見に行く。エアーズロックは太陽に真っ赤に染まる明け方と夕方が、最も綺麗なのだ!バスに揺られて数十分、特に寝起きに車酔いする私は、あろうことか神聖なるエアーズロックの麓でゲロを吐いてしまった。(ごめんなさい!)少し落ち着いたところで、エアーズロック登頂開始!登るにつれ風が強くなった。帽子にゴムを付けておいて良かった。(かつて風に飛ばされた帽子を拾いに走り、エアーズロックから転落し命を落とした人がいるらしい。)最初は備え付けてあった鎖も途中でなくなり、自力で登る。両手をついて、ひたすら前へ進む。後を振り向くと、乗って来たバスが蟻のように小さく見えて、見渡す限り一面の大地が悠々と構えている。

 そして、ようやく登頂に成功!やったー!!Y恵と一緒に登ってきた人たちと喜び合ってから、ホッと一息、360度の素晴らしい壮大な景色に酔いしれる。来月から社会人。未知の世界、だけど、なんだか頑張れそうな気がしてきた。辛い時、悲しい時、この景色を思い出そう。細々した社会かもしれないけど、同じ地球上にこんな所もあるんだ。そう思ったら、なんでも出来そうに思えた。
d0020358_2021128.jpg


 一度ロッジに戻ってから、今度は、Mt.オルガ(風の谷のナウシカの舞台)に向かう。ここは秘境のようで、ナウシカに出てくるオウムの形をした岩がたくさんあった。しかし、朝からエアーズロックに登ったこともあり、とてもしんどい。でも、Y恵とナウシカの歌を唄いながら、風が吹くとナウシカの勇敢なシーンを思い出し、楽しく見て感じて歩いた。

  やっと戻ってきてオレンジジュースを飲んだ。今まで飲んだジュースの中で一番美味しい。夜は、カンガルーのお肉のBBQだった。食べ終わり、Y恵と寝転び、満天の星空を見上げた。信じられないほどの数の星空だった。初めて、MILKY WAY(天の川)SOUTHERN CROSS(南十字星)を見た。空気が綺麗とこんな星空が見えるんだー。大阪もこんな星空なら、毎日夜になるのが待ちきれないだろうな。

 ロッジに帰り、アボリジニーのダンスと歌のShowを見た。デジャリドゥの野性的な音に痺れる。こんな民族の踊りと音楽が、私の身体を一番熱くする!showが終わった後、あまりの興奮を抑えきれずに、舞台に駆け寄りアボリジニーの人々に感動したことを伝えた。Thank You!!今日は、朝からステキな事ばかりだった。忘れられない一日になった。

 3月11~12日(火・水)
 エアーズロックにさよならして、シドニーへ来た。一気に大都市になって、ちょっと調子狂いそうになるが、やっぱり都会は都会で興奮する。シドニー湾でクルーズした。北海道から来たおじさんとおばさんと仲良くなった。「写真はたくさん撮るべきだよ、いらないやつは捨てれば良いんだから。」と言ってくれた。その通り!
 シドニーは治安が悪いのか、夜、パトカーがたくさん走っていた。

 3月13日(木)
 短大の卒業式の都合で、Y恵は先に帰国し、今日から私の初めての一人旅が始まる。昨年のオーストラリア旅行で知り合った東大阪のお兄さんに薦められたサーファーの街へ向かう。シドニーからバスで北上すること、7時間。ようやく目的地のポートマッコウリーに到着した。バスを降りると「You can be Emi」そう優しく言って、YHAのおばさんが迎えに来てくれた。

 YHAには日本人は一人だけ、UKヨークシャー州から来たという、ALEXたちと一緒にスーパーに行ったり、アイスクリームを食べたりした。夜は、グラスゴー&エジンバラ出身のルームメイトたちと共に、浜辺でビールを飲んだ。スコティッシュの英語は、本当に聞き取りにくい。「これって英語なの?」必死に話に加わり疲れたのと、ビールの酔いがまわったのとで、その日はぐっすり眠ることが出来た。

 3月14~15日
 一人旅をしていると、たくさんの人と話すチャンスがある。 
 Y恵に借りたビキニを着て、ビーチに座り、大好きなサーファーを眺めていると、おじさんが声をかけて来た。以前、ニュージーランドに住んでいたらしく、話が盛り上がり、おじさんの車で町を案内してもらうことになった。歩いてはとてもいけないような遠いビーチや灯台に連れて行ってくれた。とても親切なおじさんだった。
 夜、YHAでラーメンを作って食べていると、おじいさんが声をかけて来た。「わしの出身地を言うと、みんな同じ返事をするんだ。I'm from Liverpool」というので、「Beatles!」と叫んで答えると、おじいさんは、嬉しそうに頷いた。

 3月16-17日
 シドニーYHAに帰ってきた。4人部屋のドミトリーは、全員が一人旅の日本人の女の人だった。みんなで夜遅くまで仲良く語り合った。
 「パースのそばにバンバリーっていう海辺の町があってね、そこから見るSun Setが最高に綺麗なんだー。あとエスペランスも最高に良かったよ。」
 「へえ~、いつか行ってみたなぁ」
 「明日キングスクロスにある男性ストリップを見に行かない?」
 「えーっ?残念、エミ明日帰るねん」

d0020358_2034592.jpg 朝になった。今日で帰るんだ~。キッチンへ行くと同室の女の子が、コーンフレークと紅茶を用意してくれていた。また、別の同室の女の人が、空港行きのバス停まで見送ってくれた。みんな本当に親切。もう一日ここに居たかった。そして、みんなでキングスクロスへ行きたかった。

 北半球へ戻る飛行機に乗り込んだ。最初は、寂しいかなと思っていた一人旅だけど、いざ一人だと、すべてに達成感・優越感を感じる。これがたまらなく良かった!でも、最初から一人だと絶対に無理だった。突然のお誘いで、初めての海外旅行がこんな個人旅行、挙句の果てに帰りは一人で飛行機に乗らないといけなかったY恵に本当にありがとうって言いたい!また行きたいな。
 See you later, Australia!!
[PR]
by dance_littlerock | 2005-04-11 22:50 | 卒業旅行

初めてのパリ

1997年2月28日

朝8時25分に市内バスツアーに申し込んでいたのに、7時50分にYちゃんと飛び起きた!Nは違う部屋で寝ていたが、ちゃんと用意をして迎えに来てくれた。すごい。そんなわけで、フランスの初朝ごはんは、食べれずに出発した。あーあ。

フランス育ちの日本人の女の人が、バスでいろいろ案内してくれた。私ら以外は、仕事できてるおっちゃんばっかりだった。エッフェル塔は格好よかった。モンマルトルの丘からの眺めは最高だったが、そこにいた絵描きのおやじたちが怖かった。ノートルダム寺院は、あの映画のようになんだか迫力がある建物だった。ルクセンブルグ公園には、アメリカの自由の女神の原型があった。

その後、ショッピングにいった。エルベシャペリエは、日本人だらけで、いやだった。フランスは、歴史があるし、建物というか、街並みすべてが芸術やと思う。ロンドンより、パリの方が良い!
晩御飯にチキンの丸焼きを買って、ホテルの部屋で食べた。グロテスクでかなりきつかった・・・。他にトマトとオレンジを買ったけど、両方めさめさ美味しかった!さすが地中海の日差しをたっぷり浴びて育ってできてるなーと思った。テレビを見ていると、エールフランス(航空会社)のCMにセリーヌディオンやレイチャールズに交ざって、舞の海が出ていた。やるな~と思った。

3月1日

今日は、寝坊せずに起きた!朝ごはんは、ロンドンのホテルより、豪華だった!昨日も食べたかったなー。8時にタクシーで空港へ向かった。空港でちょっとショッピング。

そんなわけで、私たちの超短い・激安のロンドンパリへの卒業旅行は、終わりました。私はこの後、中3日で、今度はオーストラリアへ卒業旅行に向かいます。
[PR]
by dance_littlerock | 2005-04-10 16:16 | 卒業旅行

ロンドンからパリへ

1997年2月26日

 ロンドン最終日の今日は、3人とも買い物をしまくった。Kings roadに行ったりしたが、途中、地下鉄が来なくて、乗り換えたりして大変だった。昼過ぎからMareeと会って、いろいろと連れて行ってもらった。彼女のお勧めの店で、服を買った。City centreからアールズコートを越えて、ちょっとローカルなところへ行き、そこで初めてPubに入った♪チックウイックというローカルビールを飲んだけど、味が薄かった。それからパスタのお店に入り、NZの話などで盛り上がった。短い時間だったけど、再会できて、本当に嬉しかった。

ロンドンで泊まったホテル:The Paradon Hotel

2月27日

 ブリティッシュミッドランドという飛行機で、パリへ向かった。着陸前、フランスの田園地帯が見えた。到着したパリの空港は、とても殺風景だった。タクシーに乗り、パリでの宿泊地「Abrial Paris Hotel」に行った。とても可愛い感じのホテルで、フロントのお兄さんも良かった。初めて、フランス人とフランス語と接した。

 メトロ(地下鉄)に乗り、うろうろした。夕方、ルーブルに行った。美術館には入らず、周りを歩き写真を撮った。セーヌ川を見て感動した。そこから見える建物やポンヌフ橋は、最高に綺麗だった。日が暮れるのを見ながら、セーヌ川のほとりを歩いていくと、夕焼けに染まるエッフェル塔が見えた。倒れそうになるくらい綺麗だった!!そう思って黄昏ている矢先、驚くほど格好良いフランス人のお兄さんが前から歩いてきたので、一緒に写真を撮ってもらった。3人ともこのスポットには大感激だった。

 ミニ凱旋門から本物の凱旋門が見える一直線の道にも感動した。日本なら、街全体の景観なんて気にしないのに、フランスはみんなで街の景観や歴史を守ってて、素敵だなと思った。再びメトロに乗り、凱旋門へ向かった。夜の凱旋門は、そりゃあもう見事やった!フランスに来て良かった!

 当初、私はロンドンだけに行きたかった。パリにはまったく興味がなかった。でも、クラスメートの直美と由美ちゃんが「どうしてもパリははずせない。」と言ったので、しぶしぶロンドン&パリツアーにしたのだ。結果、彼女たちのおかげで、パリに来て大感動することが出来た。私は大してロンドンは良いと思わなかった。思っていた事と、実際したり行って感じる事は、違うものになることもあるということを学んだ。直美&由美ちゃんありがとう!
[PR]
by dance_littlerock | 2005-04-09 11:13 | 卒業旅行

ヨーロッパへの卒業旅行

1997年2月24日から3月2日 卒業旅行その1

関西外国語短期大学のクラスメートと3人で、ヨーロッパに行く!HISで飛行機ホテルすべて込みで10万円という、破格の卒業旅行でした!また、短大時代にNZ留学した時のホームステイ先の家族が、当時ロンドンに住んでいたので、連絡を取り合い待ち合わせをした!すべてがドキドキ♪ワクワクの1週間が始まるー!

2月24日
 ロンドンへ向かう途中、シンガポールで経由した。待ち時間が6時間もあったため、無料で市内バスツアーができた。シンガポールは、西洋と東洋が交じっている綺麗な印象だった。
飛行機に乗り込むと、外国人が多く、格好良いお兄ちゃんがいっぱいいた♪一人一人に画面がついていて、スーパーマリオなどのゲームをして、過ごした。飛行時間は、15時間もあったので、よく寝た。(当時、20歳の私は飛行機で爆睡できるタイプだった。しかし、20代後半から寝れないタイプに変わる・・・なので長時間のフライトになるヨーロッパにはもう行きたくない。旅は若いうちにしろ!とはよく言ったものである。)

 早朝、ロンドンに着いた。やたらインド人が多いので驚いた。バスに乗り、窓から見えるロンドンの町並みに大感動した。ホテルにスーツケースを置いた後、初めて外国で地下鉄に乗り(車内でもお構いなく写真を撮りまくった)、バッキンガム宮殿に行き、兵隊の行進を見た。それにしても、ロンドンの天気は変わりやすい。折り畳み傘を持ち歩いた。

 夜、ホテルのトイレが壊れた。買って来ていたグレープの枝を差し込み、応急処置をした。その後、ホテルの親切なおっちゃんが来て、治してくれた。こんな感じでロンドン1日目が終わった。おやすみなさい。また、明日。

2月25日
 Tower of Londonに行った。中世の世界のような城内部の展示は、素晴らしかった。イギリスって、オーストラリアやニュージーランドにない長く深い歴史があるなーと思った。

 今朝、NZでホストファミリーだったMaree&Johnから、ホテルに伝言があった(出発前にホテルを連絡しておいた)ので、電話をした。午後から会う約束をして、私たちは、観光を続けた。有名な教会や、有名な時計台ビッグベンにも行った。そこは、写真の的として最高で、何枚もカメラにおさめた。

 アールズコート駅前で、Maree&Johnと1年3ヶ月ぶりの再会を果たした。NZの田舎町出身の彼らは、この大都会ロンドンでは、本当に田舎者に見えてしまった!彼らのように、NZやAUSの人たちは、簡単にイギリスに来て働くことができる。ポンド通貨の価値が高いため、1年でもここで稼ぐと、本国に帰って換金した時、だいぶ稼いだことになる。2006年にパースにいた時もたくさんのオーストラリア人がイギリスへ行った。20代から30代が多かった。

 夕食の後、パブに入りたかったが、どこも満員だった。夜のロンドンをうろついていた時、シアターのような場所の前で、数人が立っていた。「誰を待っているの?」と尋ねると、「トムクルーズ!」と言う!「えーっ!」と思ったのも束の間、ほんまにトムクルーズが現れた!そんな人だかりではなかったので、すぐそばで見えた!とっさにカメラをかまえ、「トムーッ!」って必死に何度も叫んだ!彼は、背が低かったが、やはり男前で、こちらに手を振ってくれた。また無意識に「トムーッ!」て叫んだ。その後、彼はリムジンに乗り去っていった。こんなすぐにファンになれる私って、本当にミーハーだなと思った。ファンになったが、おそらく2週間くらいでさめた記憶がある(笑)。
[PR]
by dance_littlerock | 2005-04-08 20:41 | 卒業旅行
 関西外国語大学短期大学米英語学科に入学した私。『憧れは海外留学』を胸に飛び込んだ大学、その夢は入学して半年目に現実のものとなりました。
 時は、1995年9月15日、選ばれし私たちは、出来立てホヤホヤの関西国際空港に集まりました。両親と親友に見送られ、私の初海外・初留学・初親元から離れる3ヶ月が始まりました。

 『Northland Polytechnic, WHANGAREI』・・ここが私たちの学び舎。そこでのクラスメートが今後どれだけ自分の人生において大切な存在になるか、そこで過ごした3ヶ月の経験が今後どれほど自分の人生に大きく影響するか、なんてこの時はつゆ知らず、私の海外生活がスタートするのでした。



 私が最も影響を受けたのが、もちろんホストファミリーとの生活でした。なんと彼らは、同棲中のカップルで、私が驚いたのも言うまでもありません。二人は、共に小学校の先生をしており、結婚後、ENGLANDで生活をするための資金を必死に稼いでいるのが、よく分かりました。(私を受け入れたのも一つの収入源だったのか^^)そのため、築92年の家の中には、家具や食器など必要最低限のものしかなく、すべての部屋は殺風景で、私の部屋の電気は、裸電球が一つぶら下っているだけでした。

 マイペースだけど物知りのJOHNと、せっかちだけど気の利くMAREEと、気ままな猫のTHOMASが、私のNZでの家族となりました。


☆そんなホストファミリーの口癖  

  ・「not fixed plan」毎日毎晩毎週末、あちこちに出かけるホストファミリー(もちろん私も連れて行かれる)それも予告なしに、急にお声がかかる。彼らは言う。「今日も明日も旅も人生も、not fixed planよ。その方が面白いでしょう?」

  ・「Emi~! 4minutes!」常に早歩きで慌しいMaree。くつろいでいる私にそう声をかけ、私は必死に出かける用意をしたっけ・・・それに疲れた私が覚えた言葉は、「I prefer to stay at home tonight」

  ・「Help yourself」ここはあなたの家だと思ってなんでもして良いよ、という意味。そのわりに置いてあった未開封のポテトチップスを開けて食べたら、とても怒られた。なんて理不尽な・・・


☆NZの素敵な空

・NZで空を見上げると、雲が近い!
  手を伸ばしたら届きそうなほど、すぐそこに見えました。

・夜、車に乗ると、横の窓から満天の星空が見える...
  見上げなくても見える星空って、なんてロマンティックなのぉ☆  

・夜空に現れる黄金の月...
  その輝きは、大阪のお月様と大違い。眩しくって綺麗で本当に美しい。
  昔の日本人もこんな輝きの月を見て、歌を詠んだんだろうなぁ。
  こんな風に・・・
     「秋風に たなびく雲の 絶え間より もれ出ずる月の 影のさやけさ」
                                 by 左京大夫顕輔
              (歌意:秋風に吹かれてたなびいている雲の切れ目から、
              もれ出ずる月の光のすみきって明るいことよ)



 こんな素晴らしい自然の中で育ち、Activeなホストファミリーと過ごし、3ヶ月経った私は、体重が7KG増えただけでなく、内面的にも大きな成長を遂げました。

 彼らは、その後、LONDONに3年間移住し、GBP(£)を稼ぎました。NZ$は国際的に弱い通貨なので、こうしてENGLANDにGBP(£)を稼ぎに行くNZ人も、少なくないとの事でした。この留学から1年半後、卒業旅行を兼ねて、私はLONDONに二人を訪ねました。大都会に少し馴染んでない二人が、愛しく思えました。留学から4年後には、私がWORKING HOLIDAYで再びNZを訪れ、二人と数週間暮らすことができました。
 
 留学して家族となったものの、その後、尋ねる事なく音信普通になるケースが多い中、私は2度も彼らに再会し、心の距離を縮める事ができました。MAREEに「エミはすごいね」と言われたけど、「この行動力の源は、すべてあなた達のお陰なのよ!」と返事した時の、彼らの嬉しそうな顔が忘れられません。

 私の今に至るまでの海外渡航(すべてが自由な個人旅行)はすべて、彼らの影響力なしには存在しなかったと思います。海外渡航だけでなく、きっと気づかないところでもっともっと彼らには影響されていることがあるのでしょう。あえてそれは、追求せず、私の心の一部に置いておきたいと思います。



 最後に彼らの知人からいただいた素敵な詩を紹介したいと思います。彼らのWINE CLUBの仲間(私も毎回参加した)のMr.Berryの作品です。彼の手帳にこのポエムを見つけた私は、感動し、すかさず写させてもらいました。以来10年間、私のスケージュール帳には毎年このポエムが書いてあります。毎日笑って暮らせたらいいけど、人間そうは行かないときがよくあります。このポエムを読んで、少しでも勇気がわいて前向きな気持ちなれば良いなぁ・・・ 


 If there is a decision to make, Don't hesitate, Be bold and make it. Take the oppotunity of the risk.

 The habitual fear of makings mistakes can mentary retard you. Remember from each mistake you gain experience.

 Be bold, dare to put your ideas to the test. Bold people seldom fail, but if they do, they always try again.

 When your motives are good, your effort has not failed.

 Don't waste time criticising yourself or anyone else. Use that time to make new and better plans.

 Shake off the attitude of defeat and Just do it !!
 
[PR]
by dance_littlerock | 2005-04-02 19:42 | ニュージーランド

INTRODUCTION ABOUT MYSELF

名前: エミ☆
ハワイ語での名前: Emele
生まれ: 1976年・大阪
動物占い: ぞう

旅のモットー: 旅ができるまれた環境に感謝し、訪れる先々での人や物との
        出会い(出愛)を大切に、しい思い出をたくさん作ること

趣味:  旅行・ウクレレ・音楽鑑賞・国際交流・耳かき・空想
     泡盛片手に仲間と騒ぐこと・Keeping in touch with friends

お気に入りの場所:  Hawaii       
           竹富島(八重山諸島)
           Nelson(ニュージーランド)
           Amsterdam(オランダ)
           チェスキークルムロフ(チェコ)
           マラッカ(Malaysia)
           エアーズロック(AUS)
           サンメッセ日南(宮崎県)・・・モアイに圧倒されるっ!!
           富士山頂・・・感動の瞬間を味わえる!

好きな言葉: Do not worry!
       Everybody make mistakes.
       Carry on!
       ('95ニュージーランドで、ホストマザーの父親から言われた一言。)

        
大好きな映画:  Terminator 2 (発展しすぎの今の世の中に警告)
         もののけ姫 (自然の大切さ・自然界には神が宿る)

好きな映画:   Good Will Hunting
         Infernal Affair Ⅰ(香港映画)
         Harry Potter(全シリーズ)
         ギルバート・グレイプ
         シザーハンズ(Christmasに観たら最高!)
         天空の城ラピュタ

好きなお菓子:  神戸 風月堂ゴーフル
         沖縄ちんすこうショコラ
         パブロバ(New Zealandのケーキ)

愛読書:  植村直己の冒険学校    BY 植村直己
       バックパッカーパラダイス  BY さいとう夫婦
       落ちこぼれてエベレスト   BY 野口 健


ブログタイトルの由来:
New Zealand, Nelson市のbridge st.にあるレストランバーの名前
昼は、お洒落なレストンラン(ランチNZ$20前後)で、夜はムーディーなBarに変わり、週末の夜はクラブになり、最高の音楽と踊りが楽しめる!私と仲間たちは、週末になると夜な夜なLittle Rockへ通っていたな~
青春の日の素晴らしい思い出をくれたクラブの名前をタイトルにしました。


今まで体験した一風変わったこと:
・ロンドン・パリへの卒業旅行から帰国して、3日後にオーストラリアへ卒業旅行
・スカイダイビング連続2回(1度目ビデオが故障して撮れていなかった為)
・NZの山(Mt.Ngauruhoe)であわや遭難
・その登山で、足の爪が3枚も剥がれる・・(12時間の激闘登山)
・バリ舞踊を習う(目がまわり6ヶ月で挫折)
・大相撲の出待ち(毎年3月の大阪場所が待ちきれない?!)
・京都で舞妓さんに変身('03)

d0020358_13304267.jpg

[PR]
by dance_littlerock | 2005-04-01 13:22 | 私日記