旅行日記


by dance_littlerock
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カテゴリ:アジア紀行( 5 )

お礼に日本料理を作る

  2005年5月11日

 いよいよ今日で、私の5回目のマレーシア滞在も終わり。心底寂しい。毎度のことながら、AguとLimには、本当にお世話になった。彼らほど私を大切にしてくれる人はいないんじゃないかってほど、暖かく接してくれる。今回一緒に過ごしたことで、国境を越えた親友から、家族の一員へと私たちの関係は深まった気がした。たぶん彼らもそう思ったに違いない。

 何も出来ない私だが、せめてものお礼として、日本料理を作ることにした。KLには、ジャスコがあるので、ここで日本の食材を調達できる。ココは日本かというほど、何もかもそろっているので、マレーシアに移住したとしても、日本食が恋しくなることはないと感じた。もちろん、値段は少々高めだが。

  お昼ごはんに、肉じゃがときんぴらゴボウ、晩御飯に、親子丼とサーモンのピカタを作った。
 
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日本じゃ考えられない話だが、台所で家事をしていると、アリがいっぱいやってくる。別に甘いものを特別使っているわけではないのに、暑い国マレーシアでは、家にアリがいることは全くもって珍しくない。最初は、食べ物の周りにアリがいるなんて、有り得なくてすごく嫌で、ギャーギャー騒ぎながら料理をしていたが、不思議なもので時間がたつと、だんだん気にならなくなり、アリが突然まな板のそばを歩いていても、さらっと手で払えるようになっていた。
エミ強くなった・・・と思った。これがもし日本の自分の家の台所なら、発狂すること間違いないだろうけど。

  彼らのお友達2人(共に中国系マレーシアン)も家に来て、みんなで食べる。一番人気が高かったのは、サーモンのピカタ。あっという間になくなった。逆に人気がなかったのは、私の大好きな肉じゃがと親子丼。ショックだった。なんでも、中国料理には、砂糖を使うことはないらしく、肉じゃがなどの甘みが、彼らのお口には合わなかったようだ。一つ勉強になった。

 KLIA(Kuala Lumpur International Airport)へ向かう車の中は、ちょっとしっとりしていた。彼らにサヨナラを言わなければいけない。再会が、最高にワクワクする瞬間なら、別れの瞬間は、最悪に辛いもの。これが私の一番嫌いなもの。また会えるって言ったって、この瞬間、その後数日・数週間は、本当に寂しくて辛いんだもの。いやだな~。

  時間が余ったので、空港内のカフェで3人で話をする。先月ヨーロッパへ向かう前に出会った時と同じ、マレーシアリンギットから日本円への換算方法について、熱く論議した。彼らも私とサヨナラするのが辛かった。本当、今度は日本へ来てほしいな。でもやっぱり日本は高いらしい。香港かハワイか第3国で会おうよ、とAguが言った。

  あっという間に時間になった。HUGして、何を話したか覚えていない。でも、もう一度HUGし合った。こうして私たちの4回目の再会は、幕を閉じました。寂しい。けれど、私たちには次の再会がある。いつかわからないけど、私たちの関係は、永遠だとわかる。

  ”有縁千里来相会”
この言葉を胸に、また次の再会まで、元気でね、Lim&Agu!

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by dance_littlerock | 2005-09-03 16:16 | アジア紀行
  一年中暑い暑すぎるマレーシア。エアコンに頼る以外に涼めないのか・・・
No worry。クアラルンプールから車で1時間ほど、ぶっ飛ばすと、ゲンティンハイランドという山岳地帯に聳え立つ大規模なレジャー施設がある。
ゲンティンとは、マレー語で、「雲の上の高原」という意味らしい。ここの魅力は、平均気温20℃と年間を通して涼しいこと、そして、最大のウリは、政府公認の国内唯一のカジノがあることだ!

   山の麓で車を降りて、ケーブルカーに乗り込む。さて、みなさん、ケーブルカーといえば、どんなものを想像しますか?小さな箱に乗り込み、ちょっと高い所から景色を楽しみし、あっという間に到着!・・・これが普通でしょう。

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しかし、ここのケーブカーは、ただ者ではなかった。なんと東南アジア1長いケーブルカーで、その距離3キロ!!それも古そうなケーブルカーで、ミシミシ音が鳴り、ゆっくりゆっくり進む。見渡せば、眼下には私の大好きなRain Forest熱帯雨林のジャングル。どんな生き物たちがいるんだろう。ワクワクしないといけない所だが、なんだか怖くて、早く着いて欲しい。途中、「ガタっ!」と大きな音がした。Aguと目が合った。

 やっとの思いで、ゲンティンハイランドに到着。贅沢な考えだが、着いたら着いたで、あの眼下に広がるジャングルの景色を見れるケーブルカーが恋しくなる。ビビリのあまり、心底楽しめなかったことが悔しい。強くなりたい!

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ゲンティンハイランドには、沢山の高層ホテルがあった。
特に第1飯店(First Hotel)なんて、2,000室も部屋がある巨大ホテル。マレーシアって、長すぎるケーブルカー巨大すぎるホテルなど、突っ込みどころが満載である。

  チキンライスを食べてから、いよいよカジノへ行く!広すぎるホテルのため、3人で迷子になり、なかなか着かなかったが・・・。なんとか到着。
みんな真剣にカジノに熱中した。結果は・・・
  Emi lost RM10
  Agu lost RM150
  Lim won RM20 !!!

再び、ケーブルカーに乗り込みジャングルを楽しんで、帰路についた。
あ~、マレーシア楽しい!
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by dance_littlerock | 2005-09-03 15:40 | アジア紀行
   2005年5月9日(月)

  ヨーロッパからクアラルンプールに戻ってきた。Lim&Aguとは、これで何度目の再会となることか・・・たぶん4回目の再会。つまり、最初の出会いをたすと、私にとっては5回目のマレーシア、と言うことになる。私がマレーシアを好きな理由は、ほとんどが彼らの存在なのである。今回は、彼らの家に4日間お世話になる。Aguは忙しいにもかかわらず、3日間私のために休みを取ってくれた。嬉しい。謝謝!

今日は、3人で『BATU CAVES』という所に行った。ここは、ヒンドゥー教徒の聖地で、272段の急な階段を登っていく。洞窟内は吹き抜けになっていて、天井から光りが差し込み、神秘的な空間を生み出している。洞窟のあちらこちらに、ヒンドゥーの神様が祭られている。野生のサルもいっぱいいた。箕面の猿とは、全く違う容姿で驚いた。指が長く、ギョロッとした目がなんだか怖い。

  マレーシアは、たくさんの文化と民族が、共存している国だ。98年にマレーシアを訪れるまでは知らなかった。日本というほとんど単一民族の島国で育った私には、とても興味深い国だ。どちらがいいんだろう。たぶん平和なのは、ほとんど単一民族の国だろう。しかし、日本で英語が発達しないと言う理由は、ここにあるんだろうな。マレーシアの人は、3ヶ国語が話せて普通なのだ。そうでないと、マレーシアでは生活しにくい。中国系マレーシア人であるLim&Aguは、中国語・英語・マレー語を巧みに使い分けて話す。格好良い~。

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  さて、話はBatu Cavesに戻るが、272段の階段はきつかった。しかし、洞窟内は涼しく、その神秘的な様子から、気持ちが洗われた気がした。階段を下りて、ココナッツジュースを飲んだ。全然冷えてなかったのに美味しいと、感じたのは、それだけ階段の上り下りを頑張ったからだろう。
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by dance_littlerock | 2005-09-03 14:53 | アジア紀行

好久不見!

  2005年4月20日

 関西国際空港からマレーシア航空に乗る。約6時間後、クアラルンプールに着いた。5年ぶりの再会に向けて、ドキドキしていた。空港に着くと熱気を感じた。日本の春服は、ここでは暑い。

 KLIA内のマクドでしばらく待っていると、LimとAguが現れた!好久不見!いきなり彼らから抱きしめてくれた。Limは少し太ったように思えた。Aguは顎鬚をはやし、スーツ姿で大人になっていた。

 ちょっと緊張しながら、KLIAに隣接する高級なPan Pacific Hotelで、Dinnerをいただく。(福建麺、美味しかった!)再会の喜びを語り合った後、私のこのヨーロッパ旅行の予算の話になる。貧乏旅行で一ヶ月の旅にしては、かなり、というか激安の予算だが、彼らは驚いていた。Limの車が買える金額らしい。それだけ、マレーシアリンギットが弱い通貨なのか。マレーシア経済はかなり悪いと言う。エミに会いに、今度は彼らが日本へ行きたいと、強く思ってくれているようだが、マレーシア人にとって、日本へ旅行することは、経済的に本当に厳しい。私もMy City大阪を彼らに案内したい。マレーシアリンギットよ、どうかもっと強い通貨になってくれ!(円の価値は、そのままで)と、密かに願った。

  再会ほど、ドキドキワクワクなものはない。本当に嬉しい。また、ヨーロッパの後、会いましょう。今度は4日間、滞在します。それでは、再見!
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by dance_littlerock | 2005-09-03 14:14 | アジア紀行

有縁千里来相会

 そもそも彼らと知り合ったのは、1998年9月のことだった。

  私が初めて一人旅をしたマレーシアで、偶然に、神様に導かれたように出会った。忘れもしない9月22日、首都Kuala lumpurから古都Melakaへ向かうため、KL最大のバスターミナル・プドラヤバスステーションへ行った。ここへ着くと、これぞ東南アジアのけたたましさと言わんばかりに、人・人・人のざわめきですごかった。なんか異様な感じがした。
  
  Melaka行きのバスが分からず、オロオロしていると、親子か姉弟のような男女がいた。「Melakaまで行きたいんです。」と言うと、「この子と同じ」と言って、女の人はBUSを教えてくれた。偶然にも、その男の子と席が隣同士だった。エミが窓側・彼が通路側。彼は、良い子に間違いない!と直感した私は、Melakaのガイドをお願いした。当時彼は、高校生だったにもかかわらず、学校が終わると私をいろいろな所に案内してくれて、この旅の目的である「マラッカに沈む、とてつもなく赤くて大きい夕日」も見に連れて行ってくれた。
(マラッカの夕日:沢木耕太郎の深夜特急2を参照)

  しっかりもので頭の良いLim、年下だけど頼れるAgu。'98の運命の出会い以来、私たちは、国境を越えた親友となり、この旅の1年後、私がワーキングホリデーでNew Zealandへ行くときも、わざわざマレーシア航空を選び、行きも帰りもクアラルンプールでStop Overして、彼らとの再会を楽しんだ。そして、今回のヨーロッパ旅行でも、マレーシア航空を選び、彼らと再会を約束したのだった。

  「有縁千里来相会」という言葉は、Limが私に送った言葉のひとつです。彼らとの縁は、私の人生の中で本当に大きいもの。だって、5,000kmも離れた所に住んでいるのに出会ったんだもの!!!
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by dance_littlerock | 2005-09-03 13:55 | アジア紀行