旅行日記


by dance_littlerock
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カテゴリ:ヨーロッパ紀行( 12 )

See you again, Europe

2005.5.7

 いよいよ今日で私の'05欧州旅行もおしまいだ。昨夜、ハンガリーからウィーンに戻ってきた。朝起きると、隣のベッドに、腕から胸にかけてすごいTATOOとしたお兄ちゃんが寝ていた。上半身裸だったので、寝起きの悪い私でも、彼を見た瞬間、飛び起きた。昨夜、いつ帰って来たのか知らないけど、こんな柄の悪そうな白人のお兄ちゃんと一晩共にしただなんて、相部屋って怖いけど、面白いなあ。お兄ちゃんを起こさないようにAちゃんと、こっそり出発の用意をした。しかし、お兄ちゃんを起こしてしまった。この宿の1階にあるBARの無料券が余ってたので、恐る恐るお兄ちゃんに「どうぞ。」と言ってあげた。

 TATTO兄ちゃん「ありがとう。けど昨夜呑みすぎたし、今夜はいらないよ。」
 エミ「二日酔いなのね。それなのに朝からバタバタしてごめんね。」
 TATTO兄ちゃん「いいや、こっちこそ昨夜遅く帰って来てうるさかっただろう?」
 エミ「ううん、気づかなかったよ。じゃあ行くね、バーィ」
 TATTO兄ちゃん「バーィ」

 怖そうなTATOOでも、すごく良い人だった。人を見かけで判断したらだめだなと、改めて思った。

 地下鉄に乗り、空港へ向かう。隣に座っているおやじの携帯の着メロが「コッケコッコー!コッケコッコー!」なのには驚いた!今は朝だからいいけど、お昼と夜用の着メロもあるんだろうか。こんなしょうもない事を考えているうちに、ウィーン国際空港に着いた。CHECK INして中に入るが、全然チェックが厳しくない。今やアメリカの空港なんて厳戒態勢だというのに、オーストリアは大丈夫なんだろうか。大丈夫であっても、もっと厳しくしてほしい。お約束のようにDFSで、余っているユーロをすべて使い切った。

                 ◇◆この旅の感想◆◇

 '97にロンドンとパリへ卒業旅行へ行ったが、今回のようにある程度長期でしっかりとヨーロッパを旅したのは、初めてだった。オセアニア・アジアへの旅が専門だった私にとって、今回この旅で学んだこと・得たことは、計り知れない。ヨーロッパの歴史の深さ、隣国と陸路でつながっている面白さ、島国育ちの私には、想像つかないことがたくさんあった。また、西ヨーロッパと東ヨーロッパの違いに、格段に差があることを身をもって知れたのも、とても勉強になった。

  一言でこの旅を締めくくるのは難しいが、まずは、ドイツで6年ぶりにミャンマー人の友達と出会えたことが大きかった。彼女の生きるたくましさ・心の優しさに感動し、そして友達は離れていても永遠なんだなと思った。そして、ウイーンで親友のAちゃんと待ち合わせをして、一緒に旅できたことも大きかった。彼女とは何でも共感できるし、気が合うし、本当に一緒にいて飽きない素晴らしい親友だと、再確認できた。そして、この旅をする前にいろいろと情報をくれた幼馴染や、学生時代の友達にも感謝したい。

  友達がいるから、旅が出来る。友達がいるから、人生は楽しい。そして、旅を人生を続けていくうちにまた新しい出会いがある。今まで知り合った人々との『縁』を大切にし、これからも素晴らしい出会いを求めて、前へ前へと進んでいこう!ヨーロッパ旅行、本当に有意義で楽しかった。ありがとう!

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by dance_littlerock | 2005-08-14 19:01 | ヨーロッパ紀行
 2005年5月5~6日

 チェコと同じく、まだEUに加盟していない旧社会主義国のハンガリーへ入った。寝台列車の中では、夜中で爆睡中にもかかわらず、たたき起こされ、パスポートをチェックされた。
駅に着くと、余っているチェコの通貨(コルナ)をハンガリーの通貨(フォリント)に両替した。公衆電話から、今日の宿に予約をしようと電話をかけるが、何度してもつながらず、つながっていないにも関わらず、コインを取られ、イライラした。一体何フォリントぼられただろう。。。悔しい。

予約できていないが、宿まで行ってみることにした。荷物が重い。。。
迷いながらも宿に着くと、体格の良いおじさんが笑顔で迎えてくれた。運良くベッドが空いていた。この『RED BUS HOSTELⅡ』のおじさんは、気さくで朗らかで面白いおっちゃんだった。公衆電話で小銭をぼられた悔しさなんて、どっかに飛んでいった。
洗濯をしようとおっちゃんに尋ねると、おっちゃんがしてくれるとこの事。えっ?訳が分からないが、とりあえず預けてみた。

 観光に繰り出す。どうしてだろう?チェコと同じような情勢・歴史だと思っていたが、街並み・人々の表情など、チェコとは違い、どちらかといえば、西ヨーロッパに近い気がした。地球の歩き方によると、ハンガリーには、その昔、隣国のハプスブルグ家(オーストリアで栄えた王朝)が入り込み、そのため、建物・街並み・文化等にロイヤルファミリーの雰囲気が残っているらしい。私は断然プラハより、ブダペストがお気に入りになった。学生時代、地理の授業で習ったドナウ川は、大きかった。自分が生ドナウ川を目の当たりにしているなんて、信じられない。

 ブダペスト西駅には世界一綺麗なマクドナルドがあると、これまた地球の歩き方に書いてあった。もちろん行かないわけにはいかない(笑)なるほど、シャンデリアが室内をお上品に照らし、マクドとは思えない雰囲気だった。しかし、店員に英語が通じず、オーダーするのに一苦労だった。そんな事も楽しみながら。。。

 宿に戻ると、おっちゃんが洗濯物を持ってきてくれた。なんとご丁寧にも、私の服から下着にいたるまで、すべて洗濯&乾燥してくれていて、きちんとたたんでくれてた。オランダで買ったかなりHなパンツもきちんとたたまれていた。しまった(焦)!こんなパンツ身に着けてるって思われた。超恥ずかしかったけど、おっちゃんやし、まあいいか。
ほんとこの宿は綺麗だし、快適だった。また、おっちゃんに会いに&洗濯してもらいに、泊まりに来よう。その時は、ちゃんと下着を選んでこないとなぁ・・・(^v^)

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by dance_littlerock | 2005-08-14 18:21 | ヨーロッパ紀行
 2005年5月4日

 朝、宿泊したバックパッカーから、プラハ駅へ向かう。落書きしてある建物が多い。銃弾の跡が残ってる窓もあった。街も汚く、今までに見たヨーロッパの道のようにお花もまったく飾られていない。どこが世界一ロマンチックな街なんだろう?駅で今夜の夜行列車(クシェット)の予約をする。駅の周りの公園は、こんな朝でも怖い雰囲気だった。今夜、無事に駅までたどり着けるんだろうか。。。
 
 街の中心へ向かう。観光地に近づくと、楽しくなってきた。今日は結構寒い。おまけに時々雨が降る。プラハは、水はけが悪いのか、少しの雨でもすぐに水溜りが出来て、歩きにくい。大雨が降った日にゃ、どうなるんだろう。そういえば、何年か前、チェコで大洪水があったよなぁ。大雨のせいもあるけど、水はけが悪すぎるのも、あれだけの惨事になった原因なんだろうか。。。

 いよいよ観光のメインスポット「カレル橋」に着いた!イエ~ィ!!橋を渡る。素敵~♪橋を渡った先にシンデレラ城のようなお城が見える。夢にまで見た世界一ロマンティックな場所なだけに、今ここで何を考えれば&何を思えばいいかわからなかった。橋の上で熱烈にdeep kissをしているカップルがいた。うわ~ロマンティック!(^3^)
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 触ると幸せになれるという銅像のレリーフに触った。make a wish... みんなが触るところは、なぜか黄金色に変色していた。観光シーズンや祝日は、この銅像に触るため、橋の上に行列が出来るらしい。

プラハ城を観光し、またカレル橋を通り、ちょうど幸せになれる銅像の前を歩いていた時、昨夜、宿探しを一緒にしたロシア人たちと偶然出会う!昨夜、しっかりとお別れをする間もなく、一緒に写真を撮ることなくサヨナラしてしまい、残念だったけど、またココでこうして会えるなんて!すごい!もう幸せになった!この銅像の効き目は、早いな~!!!

 さらに、歩き続けると、AちゃんがWIENへ着いた日、空港でお世話になった香港人の男の子らと、これまた偶然に出会う!違う国でまたこうして出会い、メルアドを交換し、写真を撮った。プラハって、世界一、会いたかった人と偶然出会える街だな~と思った。

  しかしながら、世界一ロマンチックな街というのは、私は理解する事ができず、プラハの魅力をそんなに感じることは出来なかった。やはりツアーで来る人と、私のように個人で来る者の違いだろうか。私はツアーの人だと見なくても済むプラハの怖い・綺麗でない部分を見てしまった気がする。しかし、これこそが、個人旅行の醍醐味で、その国の本当の事が知れる、ということなんだろうな。

 夜、11時11分の夜行列車でハンガリーのブダペストへ向かう。列車が来る前の数時間、プラハ駅でジっと待った。こんな怖い駅は、経験したことがなかった。旅人ではなさそうな、いかにも怪しい人が沢山いる。疑って申し訳ないけど、絶対あやしい。。。電灯もいくつか消えていたり、殺風景だったり、ドイツの駅とは大違いだ。けど、こんな経験できるのもバックパッカーならではじゃないか!けど、怖いよ~。座っていながら、こんなに全身に緊張感を漂わせたのは、初めてだった。
  ふと、Aちゃんが鞄から、スルメを取り出した。二人で、スルメを舐めたり、噛み千切ったりした。すると、どうだろう。怪しいおっさんたちが、寄り付かなくなった。今まで、スルメなんて、食べ物の中でも下級に扱っていたけど、スルメがこんな威力を発揮するなんて、知らなかった。恐れ入りましたスルメ殿!これから、治安の悪そうな地域へ行く時は、防犯ベル以外に、スルメを持っていこう!これで安心だ(^0^)
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by dance_littlerock | 2005-08-14 17:49 | ヨーロッパ紀行
  2005.MAY.3

  早朝4時半に起きる。三日月が見える夜明けの中、バックパックを背負い、トラムに乗り、フランツヨーゼフ駅へ向かった。
そこで、ブダペスト帽をかぶった日本人のおっちゃんに出会う。おっちゃんは、1965年ごろ、30カ国をヒッチハイクで周ったらしい。すごい人だけど、気さくで喋りやすいおっちゃんだった。
私がおばちゃんになっても、こんな風に旅できたらいいな。けど、その時は独りはいやだな。旦那さんと二人でこんな旅したい。おじさんになっても、そんな事してくれる男の人と、私は出会えるんだろうか。

  6時発の鉄道に乗る。WIENとは暫しのお別れ。オーストリアの景色が、途中からだんだんと変わってくる。どこか田舎になった気がして、家々が少し貧しく見える。ガードレイルなどが錆びている。ドイツほど整備されていないのが、一目瞭然だった。

どこかの駅を通過する。その駅名は、今までのドイツ語とは違ったまるでロシア語のようなアルファベットとその並び。いよいよ私たちは、チェコに入国したんだ!かっぱえびせんを食べながら、Aちゃんとその感動を分かち合う!私にとっては、今回の欧州旅行で4カ国目。旧社会主義国に初めて入国する。ワクワクしてきた!手にしたかっぱえびせんを見ながら、「やっぱり旅は、やめられない止まらない♪」と歌ってみた。

私たちが座っていた2等席のコンパートメントに、男性3人が現れた。一人はチケットを確認する人、もう一人は、私のパスポートを見てパソコンに何やら打ち込んでいた。最後の一人は、私のパスポートにチェコの判子を押してくれた。この男性らの顔が、まさに東ヨーロッパの顔だった。ロシアっぽい雰囲気。こんな風に列車の中で、人間の顔を見て、国が変わったことを実感できるなんて、陸続きの旅は面白い。

  乗換駅のチェスキーブテヨビッツェに到着。ブタペスト帽のおっちゃんも、私らと同じくチェスキークルムロフに行くらしい。1時間近くこの駅で待たないといけなかったが、どこにいてもこの駅は、怖い雰囲気だった。

いよいよチェスキークルムロフ行きの列車に乗り込む。日本人の姉妹がいた。他にも西洋のバックパッカーが違う車両にたくさんいた。1時間ほど経った時、車掌が現れた。私の前の家族連れと話をしている。イーストヨーロッパパス(鉄道の券)を手元に用意する。
が、しかし突然、前に座っていた家族の母親が、私のところへ来て、片言の英語で、「コノデンシャ・・オリル。チェスキークルムロフ・・・イカナイ。バスニノリカエル。シャショウオシエル・・・。」「えっ?何?」訳が分からなかった。
でも、とにかくこの列車は、問題があって目的地へ行かないってこと?斜め前に座っている日本人姉妹も不安そうだった。また突然、車掌が私を呼んで「こっちこっち」と言う。訳も分からず付いていくと、同じく訳がわからなさそうな顔をした西洋人の老夫婦がいた。
どうやら、この英語の出来ない車掌は、私に、この列車の問題を彼らに通訳しろと言っているようだった。ようやく全てが分かってきたので、老夫婦に話しをした。カリフォルニアから来たこの夫婦の奥さん(ジョアンナさん)は、とても素敵な女性だった。ゆっくりとした英語で、「Thank you」と言ってくれた。私の片言の英語で、通訳が出来て、人の役に立てたことが、すごく嬉しかった。

  チェコは、ドイツやオランダといった西ヨーロッパと違うと実感した事件だった。ようするに線路に問題ありで、その間、列車が走れないから、わざわざバスに乗り換えないといけなかった。列車の進むスピードも、ドイツの列車などと比べると、とても遅いし(だから今朝は4時半起きしないといけなかった。)、列車や駅の設備も格段に劣る。
こういうとチェコの方に大変失礼だが、こんな個人旅行だからこそ、東と西の違いが分かり、チェコという国がまだ発展途上国に属するんだ、と身をもって体験でき、旅人としてはこの国の実情を知ることが出来て、本当に良かった事件だった。もちろん、その時は、焦ったが・・・。

  チェスキークルムロフに到着した。ジョアンナさん夫婦と日本人姉妹と乗り合いタクシーに乗り、町の中心に行く。姉妹の泊まるペンションに荷物を置かしてもらって、まずは、チェコ名物クネドリーキ(蒸パンのようなもので肉料理の付けあわせ)を食べる!うん、美味しい!腹ごしらえをしたところで、Aちゃんと観光に繰り出す。クルムロフ城を含む街並みは、世界遺産になっていて、数年前にさいとう夫婦の「旅でバビデブー」という本を読んで以来、ず~っと来たかった街だった。この本の表紙が、この街並みの景色なのだ!西ヨーロッパとは違う建築様式の建物・城内部を歩くと、城の展望台に着いた。そこで見た景色は・・・

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  す・すばらしい。の一言だった。それはまさにさいとう夫婦の本の表紙そのものだった。ザッハートルテを食べたのとと同じく、またひとつ夢を叶えれて本当に嬉しかった。この景色は、何時間見ても飽きないような気がした。本当に素晴らしい街並み。さすが世界遺産だー。朝4時半に起きたかいがあったなあ、と横で黄昏ているAちゃんと感動を分かち合った。

  夕方、プラハ行きのバスに乗り込んだ。本当は列車で行く予定だったが、今朝チェコの鉄道事情を実感しただけに、バスに急遽変更した。バスは狭く、バックパックを置くスペースがなく困った。チェコは、山は見えず、大草原ばっかりだった。途中の街は、あまり綺麗ではない。殺風景な街並みばかりだった。

プラハが近づくと、ビルが見えてきた。バスを降りて、地下鉄に乗ろうとするが、券売機の使い方がまったく分からない。チェコの人は、英語が出来る人が少なく、尋ねてもしっかり回答を得るのは一苦労だった。
同じく横で困っているロシア人の女性二人(ルドミラさん&タチアナさん)と話しをする。彼女らも私たちと同じくフローレンス駅に行きたいらしいので、一緒に行くことにした。旅で困っている時、仲間が出来ることほど心強いことはない。なんとか地下鉄に乗り込む。私がアジア人だからだろうか・・・みんなにジロジロ見られる。乗客に笑顔はない。チェコの地下鉄は、とても深いところにあって、そのせいかエスカレーターのスピードが異常に早かった。笑けるくらい早かったけど、足の悪い人や老人にとっては笑い事ではないなぁ、と思った。

フローレンス駅から、宿があるエリアに行く道が分からなかったので、ロシア人のルドミラさんが尋ねてくれた。「あれ、チェコ語できるんだぁ」と思ったら、ロシア語とチェコ語は似てるので、少しは通じるらしい。いいな~、日本語なんてどこの言語とも似てない。島国のデメリットを痛感した。

ようやくバックパッカーに着いた頃には、日が暮れていた。相部屋では、この旅で初めて男の子と同部屋だった。いよいよ明日は、プラハの魔法にかかりに街へ出掛けよう!すご~く楽しみだ。

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by dance_littlerock | 2005-07-23 18:02 | ヨーロッパ紀行
  2005.5.2(Mon)

  今日で一人旅とはお別れ。日本から京都出身の親友Aちゃんがやってくるので合流する。Wienのバックパッカーで待ち合わせするなんて、梅田のBig Manや、難波のロケット広場で待ち合わせするのと訳が違う(笑)。事前に決めていた宿に、前日から宿泊した。朝、6時50分に起きて、ドキドキしながら受付のある1階へ降りた。残念ながら、Aちゃんはまだ居なかった。用意をして30分後に降りたら、見たことある鞄に「Kl-WIEN」のTagが付いてあり、「As know as」の袋が!!!間違いない、無事に着いたんだ(嬉)!「おいでやす。今どこ?」とメモ書きを残し、再び部屋に戻った。残りの用意をしてから下に降りると、Aちゃんがいた!!涙の再会☆こんな異国で携帯もないのに待ち合わせが出来て、二人とも感無量だった!最強の旅の仲間と合流し、私たちの旅が始まった。

  まずは、ハプスブルグ家の夏の離宮・シェーンブルーン宮殿に行く。ウイーンの人は旅人に「シェーンブルーン宮殿を見なければ、ウイーンを語れない。」とよく言うらしい。マリアテレジアイエローの宮殿は、それはそれは見事だった。内部を見学したが、40間くらい部屋があり、私とAちゃんの憧れのお姫様エリザベート(愛称シシィー)の寝室などが見れて、とても感動した。つい100年前まで、彼女はここで生活していたんだな、と思うと信じられなくて少し変な感じがした。私たちがオーストリアに来れて、宮殿内部を見れるなんて、この100年で時代は大きく変わったんだなあ、という事を実感した。エリザベートは、ハプスブルグ家の皇太子フランツ・ヨーゼフの妃で、そのもう少し上の代には、あの有名なマリーアントワネットがいる。日本では、マリーの方が圧倒的に有名だが、オーストリアでは、どこを観光していても、このエリザベートのゆかりの地にたどり着くし、お土産物屋さんには、彼女のグッズが多く売られている。彼女は、旅と写真が趣味だったらしい。それがまた共感できた。

  その後、シュテファン寺院・アウグスティーナ教会(結婚式の予行演習をしていた、素敵!)・スペイン乗馬学校・ユダヤ博物館を観光する。そして、そして!念願のホテルザッハーに行った!7年前にさいとう夫婦の「バックパッカーパラダイス」を読んで以来、彼らのようなリアクションで、ここの本場のザッハトルテを食べることが夢だった。その本は、漫画なので食べた時の彼らの様子が鮮明に描かれていた。ようやく7年越しの夢が叶う!嬉しいぃ~!運ばれてきたオリジナルザッハトルテの横には、生クリームがたんまりと盛られていた。まずは、トルテだけをいただく。(さいとう夫婦の顔を思い浮かべながら・・・)パクっ。「んんん!」驚いた!これは驚いた!なぜなら・・・めっちゃ酸っぱくて全くもって美味しくないのだ!「ええ~まさか・・」ショックを隠しきれなかった。7年越しの夢が一瞬にして崩れ落ちた。
  しかし、神は私を見捨てはしなかった。うなだれたまま二口目をいただくが、今度は、生クリームをたっぷりつけて食べてみた。するとこれはどういうことだろう!あの酸味が一気に消え、チョコと生クリームが絶妙なハーモニーを奏でて、最高に美味しくなった♪あぁ~、これこそが、さいとう夫婦がしたリアクションのもとなんだ~と思った。かなり感動させていただいた。ホテルザッハー、パティシエ、そして、さいとう夫婦、美味しいケーキをありがとうございました。

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by dance_littlerock | 2005-07-09 19:25 | ヨーロッパ紀行
 2005.4.29

  Salzburgでは、Yo-Ho International YHAに宿泊した。12人部屋のドミトリーで、私以外の10人はアメリカ人で、残り1人はスペイン人だった。テキサス出身のジェニファーは、3ヶ月かけて欧州を旅をしていたが、アルバイトをしてお金を貯めては、また旅に出る・・・そんな生活を繰り返しているらしい。アメリカ人のこんな洒落た子でも、私と同じようなことを考えていると思うと、なんだか嬉しかった。彼女の大きな黒いバックパックが長旅を物語っていた。3人組のワシントン出身の若者は、無愛想だったが、私がくしゃみをすると、3人そろって「Bless you」と、言ってくれた。嬉しかった。

  溜まった衣類を洗濯しに、地下のランドリーへ行った。2台の洗濯機・乾燥機の横の壁には、今までココに泊まった人が書いた・彫ったであろう沢山の落書きがあった。ここのYHAの歴史が感じられたし、旅人の旅の途中の気持ちが読み取れた。その中で、ものすごく心に残った落書きがあった。
  『Keep backpacking』・・・この一言に目を奪われてしまった。なんて素敵な言葉なんだろう。もしかしたら違う意味で書いたのかもしれないが、私は『バックパッカーで旅をし続けろ!』・・・こう捉えた。時間的にも年齢的にも、そして精神的にも、それをし続けることは、これから難しくなるだろう。でも、この落書きを書いた人も、そういう旅に対してのマイナスな気持ちを少しは感じながらも、バックパッカーで旅を続けることの楽しさと素晴らしさを、ここに書くことによって、再認識したに違いない、と思った。名もなき素敵な旅人さん、心に残る落書きをありがとう。  

  夜、世界一周をしている途中の早稲田の大学生Yくんで出会う。ロシアから入り、これからヨーロッパを一周して、中東・インド・中国を周るらしい。あの沢木耕太郎にも、手紙を出した事があるらしい。そんな話を聞くと、いろいろ感化されされるものがある。お昼に目にした「Keep Backpacking」という言葉も頭に浮かぶ。後に彼のホームページを見ると、「20代を全速力で駆けぬけるために旅に出る!」とあった。思い返せば、18歳で初めてNew Zealandを訪れて以来、私も旅に人生をかけてきたところがある。いや、ほとんどそればっかり考えてきたかもしれない。私の20代が終わるまで、あと1年半。それまで私も全速力で駆け抜けてみようかな・・・と思った。Yくん、ありがとう。
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by dance_littlerock | 2005-07-09 18:01 | ヨーロッパ紀行

Sound of Music♪の舞台へ

  2005.4.27(Wed.) 
 
  ミュージカル嫌いの私が、唯一大好きなミュージカル映画「Sound of Music」。その舞台であるSalzburgへ着いた。
  宿泊したYo-Ho International Hostelで、その映画を見せてもらってから、街を歩く。うわ~!超感動!!さっき映画で見たマリアと12人の子供たちが踊っていたミラベル庭園などが、今、自分の目の前にある。一人でドレミの歌♪を口ずさみながら、Salzburgの街を観光した。
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  また、ここはモーツアルトの生誕地でもある。1756年1月17日の夜、彼はこの建物の4階で生まれた。ここは観光スポットで、沢山の人がこの前で写真を撮っていた。中に入ると、彼が使用した楽器や、自筆の楽譜や手紙や、肖像画が展示されている。(入場料5.50ユーロ)
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by dance_littlerock | 2005-06-08 16:12 | ヨーロッパ紀行

歴史の街 Heiderberg

  Hamburgを出発して5時間、歴史の街Heiderbergに着いた。ここは、戦争の爆撃も逃れるほどの歴史ある古い街で、また学生の町としてもよく知られている。  駅を出て、YHA行きのバス停へ向かうと、なるほど学生が多い。若者にまぎれながら、嬉しそうにバスに乗ると、反対方向へ向かっていたことが判明。いかにもドイツ人顔の学生らしき女の子に「You have a wrong direction!」と言われ、バスを飛び降りる。
  なんとかして、YHAにたどり着く。ヨーロッパは、物価(宿泊費)が高く、貧乏旅行者には、YHAがオアシスのような宿となるわけだが、どこも駅やCity Centerからは離れている場合が多く、ここHeiderberg YHAも中心から、かなり離れた所にあった。
  しか~し!ここの夕食は本当に美味しかった!4.60ユーロで、2種類のパスタに2種類のソース、具沢山のコンソメスープ、サラダ・・・など、わざわざ街に出なくても、美味しくてボリュームある夕食がココで食べれるので、かなりお勧めです。
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  その後、TVを見ていると、尼崎のJR事故のニュースの映像が飛び込んできた。さっきネットで見た「Japanese traffic accident」は、本当だったんだ・・・それも尼崎だなんて・・・。しっかり知りたいのに、ドイツ語のNEWSは全く何を言っているかも分からず、歯痒かった。

  このYHAにも沢山の学生が泊まっていた。何をしに来ているんだろう、と疑問に思っていた時、Berlin Technical Universityの学生と知り合った。彼らは、同じゼミのグループ20人でベルリンからここへ討論会か講演会に来ているようなことを言っていた。彼らと翌日の夕食をともにする。ヨーロッパに来て、初めて夜に外出した。BARにも連れて行ってもらえて、楽しかった。ドイツのビールは、日本のものと比べてかなりBitterだった。ドイツ人は、喫煙者が多い。最近は煙草が値上がりしてきたそうだが、この大学生たちは、ポーランド産の煙草を愛煙していた。(東欧諸国は物価がかなり安い) 
  それにしてもHeiderbergは、石畳の道や古い町並みが本当に魅力的で、素晴らしい街だ。ゲーテもこの街を愛し、ハイデルベルグ城を望む哲学の道で、物思いに耽けったそうだ。なんだか私も一句浮かびそうな気がしたが・・・、浮かばないまま、いよいよ次は、ヨーロッパ紀行3国目のオーストリアへと向かう☆
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by dance_littlerock | 2005-06-08 15:52 | ヨーロッパ紀行

港町 Hamburg

2005.4.25

  今回、会社を退職し、外国へ旅立つ事が決まり、さてどこの国(地域)にしようか、と考えた時、まず、初めに思いついたのが、このハンブルグ(ドイツ北部)だった。この4年間、商社で貿易事務していた時、ハンブルグ港から大阪とタイのLaem Chabangへ、アルミコイルを輸入する仕事に携わっていた。毎日の事務作業の中、ハンブルグの輸出者へ電話したり、FAXを流したり、Documentsの中にHamburgという字を見たりしながら、いつの日かココへ行ってみたいなぁと思いながら、仕事をしていた。その夢を今回叶えようではないか、というわけで、私の欧州旅行が現実のものとなったのである。

  私をヨーロッパへ旅させるきっかけを作ってくれたハンブルグ港に、ついに来た!それはそれは大きな、というか、巨大な港だった。大阪港や神戸港なんで比べ物にならない!見覚えのある名前のコンテナー船がいくつも列をなし、その巨大な港を観光する小型船が、その付近を周遊していた。

  「この港からアルミコイルを乗せた船は、出航してたんだな~。」ハンブルグから大阪までは、約1ヵ月の船旅。いま積荷をしているあのコンテナーももしかすると、日本へ向かうのかもしれない・・・夕暮れ時、ハンブルグ港を見ながら、私は数時間そこでいろいろな事を考えた。こんな遠い異国の地だけど、日本と繋がってるんだなぁ。みんないろんな所で、生きてるんだなあ。ちょっとWalter(飛行機で出会った船乗りさん)がいないか、一通り探してから、ハンブルグYHA(港のすぐ横の高台にある)へと帰った。

  翌日、5時間かけて、ドイツを南下する。ドイツが誇るICE(inter city express)列車に乗るためにハンブルグ中央駅へ向かう。デカイ!さすが鉄道王国ドイツ、駅の迫力が違う!さあ、次の目的地は、Heiderbergだ!
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by dance_littlerock | 2005-06-01 17:36 | ヨーロッパ紀行

6年ぶりの再会 in ドイツ

 オランダからドイツ(オスナブルック方面)へ向かう景色は、本当に綺麗だった。アムステルダムから南へ向かう列車から見える景色は、お花畑(チューリップ)が多かったのに対し、アムステルダムからドイツへ向かう景色は、牛や馬がいる酪農の家々が多く見られた。
 
 ブレーメン中央駅に着いた。私は、ワクワクしていた。なぜなら、ここで6年ぶりに友達(MM)と再会するからだ。彼女とは、私がNZへワーキングホリデーで滞在中の語学学校で知り合った。クラスは違えども、ご縁があったのか、NZ北島へ一緒に旅行しようということになり、他の韓国人や日本人と共にわずかな期間ながら、楽しい時を過ごした。彼女は、ミャンマー人で、長い黒髪と笑顔が素敵な女の子だった。

 その彼女が、ドイツ人と結婚し、ここに住んでいる!そして、今日、今この駅に私に会いに来てくれている!高ぶる気持ちを抑えきれずに、私は一番に列車から飛び降り、そして、見つけた!「うわ~久しぶり元気だったー??(英語)」お互いに抱き合った!彼女は相変わらずの綺麗な黒髪に最高のスマイルで、私を迎えてくれた。だんな様と1歳半の娘を紹介してくれた。この6年で彼女は、結婚しドイツに移り住み子供を授かった。なんて素敵なんだろう!みんなそれぞれの地で、それぞれの時間を刻んでいたんだな、なんだかとても幸せな気分だった。
 
 彼女の家で、2泊3日お世話になった。ミャンマーの家庭料理と、ドイツの家庭料理をいただき、暖かいもてなしが本当に嬉しかった。でも、なにより、友達の素晴らしさを実感した。6年もの間、まったく会うこともなく、連絡も滅多に取り合わなかった私たちだが、今こうして一緒にソファーに座り、夜中まで沢山の思い出と、それぞれの近況を語り合った。共感できる思い出があって嬉しかったし、結婚した彼女から愛について、アドバイスをしてもらった事も、嬉しかった。「エミ、あなたにとってのright manを見つけるのよ。あなたなら大丈夫!」

 彼女のright manのだんな様は、本当に優しく、お互い心から愛し合っていた。これが本当の愛なんだって、思った。友達が幸せで、私も幸せだった。友達に幸せを感じてもらうためにも、私も幸せになろう!MMありがとう!
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by dance_littlerock | 2005-05-28 16:37 | ヨーロッパ紀行